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成コミ

125 - ジョースター…さん 受け取って…ください…伝わって…ください…

ガルラジにおける視点、時間、超越性について - 除雪日記

上記の記事に対して補足をいくつか。
考える際の一助になればと思って書きますが、いらん情報かも。

動画付きラジオについて

あと長くなるので端折りますが、動画付きラジオはどうすればいいのかというのもあります。ただわたし動画付きラジオそんな真剣に見たことないんですよね。前に生放送が動画付きでアーカイブが音声のみの「佐倉としたい大西」聴いてましたが、動画と音声で感じ方に違いがあったかどうかとかまったく思い出せない。ていうかそんなこと考えながら聴いてる奴いないだろ。というわけでまた今度考えます。

ガルラジにおける視点、時間、超越性について - 除雪日記

ラジオの視覚的なアプローチとして、テレビ以前のラジオ黄金期などをすっ飛ばして90年以降インターネット以前、新聞に偶に掲載されたり、月刊のラジオ誌があり、そこに載ったりが主だったと思います。アニラジならアニラジグランプリがありましたね。
そこから時代が下って動画付きラジオの入り口として、インターネットの発達によってまず写真が放送終了後に公式サイトに掲載されるようになり、各ラジオ局自前でストリーミング放送が為されるようになり、今日のようなプラットフォームが出回って簡単に動画付きラジオを配信可能になるという段階があるんですが、傍流として、BSデジタル放送が始まった際にチャンネルが余って、ラジオ局にも割り当てられた時代がありました。
当時BSデジタル放送のポジションというと、視聴可能な家庭って極一部で、我が家は業者に乗せられて親がホイホイ契約したおかげで入っていたんですが、スーパーファミコンサテラビューみたいな存在だったんですよ(例えが分かりづらい)。
そしてラジオ局がBSデジタル放送枠を貰った一方で人や予算が増える訳でもなく、ノウハウだってテレビ局と比較すれば足りない状況で、精力的な一部の人がBSデジタル放送独自のオリジナル映像を作ったり、番組と連動して動画を流したりする使い方がされるけれど、大半の時間は持て余されていました。

当時の動画付きラジオの問題として、動画はBSデジタル放送を通じて、音声はラジオを通じて放送されていたのですが、両者の間にラグがあるため、今の配信文化における「放送とコメントのラグ」のようなものが感じられました。
これは後のインターネット配信による動画付きラジオでも感じられるものなので、多くの人に理解いただけると思います。
それと視聴可能な人が少ない状況で、どれくらい動画でのアピールをするか、効果的な方法は何か、それは意味があるのか、などなど、方針が定まらない状況での制作で、映像に力が入りきるでもなく、今一つ面白いものが出てはきませんでした。
その結果、僕は音声に注力して聞き、動画は偶に見るような過ごし方をしていました。
ここまで書いておいてなんなんですが、そんな訳で「動画付きラジオ」に関しては全然分かりません。
「なんかラジオを聞いてて偶に画面を見るとパーソナリティさんが動いてるのが見えて嬉しい」くらいです。

そして現在となってはYouTubeやニコ生を始め、様々な手段で動画付き放送枠を取得できるようになってますが、初期の動画付きラジオが「ラジオのついでにカメラがある」ならば、現在は「カメラがあるのを前提に作られたラジオ」なので、「動画付きラジオ」が指す物に幅があることが分かります。
翻って動画付きラジオを考える際には、カメラや配信環境などのハードウェア的な制約と、どうやってディレクションするかやキャストのトーク力などのソフトウェア的な制約を考える必要がありそうです。

それとレギュラー放送だとブース内に持ち込まれるカメラが1台というのが初期からの特徴として挙げられるでしょうか。
ニコ生で行われる出張特番などでは2台以上のカメラを用いて寄せたり一人を抜いたりしますが、普段の放送では画角固定でスタッフブース側からキャスト側に向かってカメラが置かれることが多いです。まあテレビ屋じゃなくてラジオ屋なので手配できるカメラの数に限りがありますし、キャストを画面に捉えてスタッフを写さない様にすると自然とその角度しかなくなる、というのはありますね。それが繰り返されてきた結果、そのカメラの配置が動画付きラジオにおける「ラジオっぽさ」を演出してもいるのが面白いところです。

ちなみに僕が最後に真面目に視聴した動画付きラジオはAGQRでやってたスクメロのレグルスラジオです。
お絵かきコーナーがあったりと動画前提の作りで、まだ喋りが上達してないせいもあって音声だけだと何が起きてるのかが今一つ把握しづらかったのですが、敢えて動画を見ないで「伝わらない内輪ノリ」を外からうんうん頷きながら聞いてるの、楽しかったですね。
意外にも動画付きラジオは動画を見ない方が楽しい瞬間があったんですよ。
ラジオの特徴として距離的な近さがあるのならば、動画を加えることでそれが妨げられる、というのがこのことから示されるかもしれません。
いや、でも動画が付くことでより親近感を覚える人もいるかもしれないので、強引な理屈かな?

あと書き添えておくこととしてはフィクションでは撮られてることを誰も意識してないが、動画付きラジオは全員が撮られてることに意識的である、というのもポイントかもしれません。

動画付きラジオについてはこんなことを思っています。

過去のキャラクターラジオについて

まず当たり前ですが、「二次元キャラのラジオ」ってアイデアだけなら多分過去にも誰か思いついてるはずです。そして実際ありました。

ガルラジにおける視点、時間、超越性について - 除雪日記

面倒臭いオタクですまん。補足させてください。
知ってる中で一番古いキャラクターラジオはサクラ大戦になります。

サクラ大戦 有楽町帝劇通信局 / サクラ大戦 帝劇通信局フロムお台場 1996年10月 - 1997年9月

サクラ大戦のラジオが役を演じつつ素にも戻る番組であった一方で、最初から最後までキャラクターのままで演じるラジオは以下のものが知ってる中の最古。

ソフィアの純愛 1997年10月 - 1998年4月

ゲームソフト「みつめてナイト」のラジオ番組、ソフィアの純愛は当時としてもかなり驚きをもって迎え入れられたような記憶があります。
というのもドラマ以外でも「役者が役に扮してラジオ/テレビに出演する」こと自体はそこまで新しい概念でもないんです。例えば「閻魔大王様のお悩み相談コーナーで閻魔大王に扮して答える」みたいなものは昔からあるし、デーモン小暮さんなんかもある種そういう類の存在じゃないですか。ただし迎え入れる側は素ですし、そこには演じる人の人生がにじみ出てくるし、それを期待されてもいます。他にもマスコットキャラクターが広報する、なんてのもありましたね。
一方でソフィアの純愛はどうだったかというと、小西寛子さんがソフィアというキャラクターを演じるソロの番組だったんですが、小西さんの面が出ず、1から10まで演じるキャラクター・ソフィアとして受け答えし、そうなるように脚本が与えられているんです。番組一本丸々、キャラクターの下でコントロールするよう作られていました。ソフィアというキャラクターを介さずに喋ることがなかったんです。「放送素材を録音する」んじゃなくて「演技をレコーディングする」という形式で録られたラジオだったんです。
それと段々と思い出してきたんですが、この番組はみつめてナイトの世界から魔法を通じて放送しているというテイで作られていて、時間的、空間的に隔たりが決定的にあることが示されていた、というのも特徴かもしれません。
ある意味ではアイマスのゲーム内ラジオのようなアナウンス的な、一方通行のメディアだったんです。しかしながらソフィアの純愛は実際にラジオ局で放送され、リスナーからお手紙が届くんですよ。文化放送に送ると魔法の力でソフィアの元へ転送されるんです。
そして届いたリスナーの投稿を組み込む形でソフィアというキャラクターをエミュレートした放送台本を書き上げ、収録へと挑む放送作家の努力の凄さ……。やべえ!

そういうキャラクター強度が固く、一方でお便りが届く双方向性があるラジオの極北が20年以上前にありました。

次にキャラクターラジオとして思い浮かぶのは任意ラヂヲですね。
任意ラヂヲは文脈が多く解説が難しいのでまたの機会があれば。ちょっと真面目に書き始めたらこの項目だけで1000文字くらい書いてまだまとまらなかったので。とりあえず軽くぐぐってくれい。

そんなこんなで僕の知ってるキャラクターラジオの節目っぽいのを書いてみました。

そういう変遷があり影響を受けて、あるいは全く知らないで影響を受けずに、現在のガルラジが存在するわけですが、そんなガルラジがなんなのか、まだ言語化できていません。

追記

任意ラヂヲについて書きました。
henai.hatenablog.jp


余談たち

その1

ラジオのポイントを親密性、双方向性と捉えた場合、配信文化全体が似てるんですけど、その中でも特にSHOWROOMはラジオ的かな、と思いました。

その2

公開録音の不可能性の話を読んで繋がったんですが、ガルラジアプリでのお便り投稿は各コーナー宛しかありません。これは最初は設計ミスかなと思ったんですけど、今となっては物語面へのリスナーの介入を排するコンセプトに思えてきました。
これってラジオの双方向性を裏切る行為のように思えるけれど、現実のラジオだってパーソナリティの人生にリスナーが関われないのと同一ではあるので、別段問題はないわね。

その3

キャラクターラジオというものを考えるとき、何本かあるんですけど、90年代のそれらは広井王子とおたっきー佐々木によるものだったなぁ、というのがありますね。サクラ大戦広井王子で、ソフィアの純愛はおたささでした。

その4

現実のミニFMで大学生や高校生が実際にコーナー持ってるのってあるよね〜って話もしたかったけどまた今度。