元祖yajiri

元祖と本家で係争中

163 - 雨は満ち月降り落つる夜(雨月物語SF合同)

2019年5月6日文学フリマ東京にて。

近世の作品である雨月物語は来歴からして過去の作品をモチーフとしたものであり、また雨月物語をモチーフとして書かれた作品はその後も多く出ている、などなどの話は公式サイトや主催者のブログを見てもらうのが早いのでそちらを見てもらおう。
www.sasaboushi.net
www.sasaboushi.net

さて、感想を書いていく前に僕の雨月物語に対してのスタンスを述べておくと、読んだことがない。
それでも各話ごとに雨月物語に収録されている元となった作品の概要が記してあり、まったく問題ない作りになっている。ありがたいことだ。
この概要が紙書籍版と電子書籍版では掲載のされ方が違っていて、ePubの限界を感じた。悲しいことだ。
参考までに該当ページの写真をご覧いただきたい。
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前置きはこれくらいにして、各話について感想を書いていくとしよう。


1.『ノーティスミー、センセイ!』(笹帽子)
英語圏においてSENPAIが「私は気にかけているのに私に気付いてくれない人」という意味のスラングであるというネット与太話と、総務省のセキュリティ対策への注意喚起NOTICEを掛けたサイバーセキュリティ小説(だと思った)。純粋なサイバーセキュリティとしてはSECCON初等かな?という感じだが、科学が魔法に見えるとの金言からサイバーセキュリティも陰陽師であるとした置き換えは見事。またキャラクターの丁々発止のやり取りが読んでいて心地よい。

2.『飛石』(cydonianbanana)
菊花の約を原点にした小説を書くために旅行へ行って缶詰になろうとするところからスタートして「おっ、メタか?」と思っていたところにグングンと引き込まれて行く間にまんまと術中にはまって読み切ってしまう勢いのある作品。自分の作品が未来からアンカーとなる飛び石だったら嬉しいんだろうな、というのは想像に難くない。

3.『荒れ草の家』(17+1)
読み始めた際は「荒れ草の家って荒れ果てた家のことかな?」と思っていたのが読み切ってからタイトルを思い出そうとして「Alexaの家か!!」とアハ体験した。スマートデバイスに囲まれたスマートハウスで蟹が知性化し、本来意志を持ってないはずのロボット掃除機がまるで意志を持っているかのように振る舞い出すのは、人間が非人間的な物にでも人間性を見出してしまうシミュラクラ現象の亜種か?
最終的に移動要塞と化したスマートハウス、いや、スマートビークルが数多の蟹を消費しつつ世界へと旅立っていくのは新たなステージへと旅立って終わる青春小説のような爽やかさがあった。

4.『回游する門』(Y.田中 崖)
人類とはかけ離れた存在である知性化された工業用ロボットたちの人間臭い生活というのが「夢」っぽく、これが夢応の鯉魚にあたるところかな、と思った。
夢から夢、世界から世界へと渡っていく旅人というのは楽しそうだ。

5.『boo-pow-sow』(志菩龍彦)
死の向こう側を確信した科学バカの友人があっさりと向こう側へ旅立ってしまい、それでもたまに姿を見せるというのが憎い。
二人の間にあったであろう空気感を想像するのが面白かった。

6.『巷説磯良釜茹心中』(雨下雫)
この合同誌で一番好きな作品。読みごたえも抜群。
一人の人間の狂気が他人を巻き込んでいくのが特に好きなのかもしれない。今度こそは、今度こそは、今度こそは、今度こそは……。
小数点以下の可能性で盗める日が来るかもしれない。

7.『月下氷蛇』(シモダハルナリ)
原典の結末から更に遠い未来、という転じ方がまず面白い。
そこから繰り広げられる軽妙な文章を超えて、最後に現れるのは……という二段オチ?が感心させられた。
三人による合作ということで「あー、ここら辺あの人っぽいなー」などと考えながら読むのも面白い。

8.『イワン・デニーソヴィチの青頭巾』(鴻上怜)
残念ながらイワン・デニーソヴィチも知らないのでどれくらいひっかけたジョークになっているのかがわからないのだが、それでもロシア文学的な眼差しで近世日本の寒村を描写していくのが瑞々しさを持っていて最高だった。
しかしまさか怪僧の唱えたものがアレだったとは……。

9.『斜線を引かない』(murashit)
物質的には満たされたポストヒューマン時代、そこでは情念経済が回っており、主人公はそんななかでも他人が食べないようなどうしようもない情念ばかりに執着していた……というのは作者が今もブログ大好きと言ってたりするところと被ってたりでFacebook/Twitter時代への揶揄やん、と思った。
原典では金の話だったのが物質的に満たされた世界では金もないだろうな、最後に残るのは人と人とのつながりだろうな、情念経済だな、という飛躍がよかった。

以上、だいぶ時間が空いてしまい、簡単にはなってしまったが、ここに感想を書す。